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2010.06.28

中国残留婦人のライフストーリー  「四十三年」その2

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中国残留婦人のライフストーリー
.   「四十三年」
. 母が子に語る中国残留の半生
. 語り   中川佳子
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出版社 株式会社皓星社

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.  第四章 老苑との暮らし
.      三 帰国の夢破れて
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「一度、国に帰らせてくれませんか。
一度帰ったら気が済むし、またこちらに戻って来るにしても、あきらめがつきますから」

 老苑は根っからわたしを信用せず
「お前は、帰ったら絶対に戻ってくるはずがない。
捨てられたわしらはどうすりゃいいんだ」と言いました。
.     ・・・・・・・
.      ・・・・・・・
老苑は、わたしがどうしても従わないことがわかると、怒ってわたしの背中から子どもを奪い取り、抱いたまま河に向かって走り出しました。
河岸に来ても止まらず、まっすぐに水の中に入っていきました。
水が太ももの付け根にまで届こうとする時、立ち止まって、片手で次男の小さな足を持ち、頭を下にしてぶら下げて、
「お前が本当に行ってしまうのなら、俺はこの子と河に飛び込む。
どうせお前は、別れると決めて俺たちのことなんかかまっちやいないんだ。
.     ・・・・・・・
.      ・・・・・・・
 この時、次男がワーワーと泣いて、逆さまになっているのでだんだん息が絶え絶えになって、声が弱くなってきました。
泣き声がぐいぐい胸を締めつけ、走っていって子どもを抱きたいと思いました。

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.             続き
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 「一度、国に帰らせてくれませんか。
一度帰ったら気が済むし、またこちらに戻って来るにしても、あきらめがつきますから」

 老苑は根っからわたしを信用せず
「お前は、帰ったら絶対に戻ってくるはずがない。
捨てられたわしらはどうすりゃいいんだ」
と言いました。

「帰ってみて、もし日本のほうが良かったら、あなたたちを日本へ連れて行きますから]
 老苑はとりあいません。
「お前はわしを捨てて、子どもまで捨てるのか。
子どもはこんなに小さいのに、お前が行ったらどうやって育てられるんだ]
「じゃあ、わたしが二人とも連れて行きます」
「だめだ、子どもを日本に連れて行ってはならん。
わしはこんなに年とって、やっとこの二人ができたのに、絶対に連れて行かさんからな」
「じゃあ、下の子を連れて行って、上の子は置いておきます」
「だめだ、一人でもいかん」
「じゃあ、わかし一人で帰ります。
どのみち帰らなくてはならないんですから」
「お前は子どもが母無しになってもかまわんのか、子どもを捨てて平気なのか。
子どもが可愛くないのか」
「わたしたって子どもと別れるのは辛いけど、でも故郷や家族のことが気になるんです」
「あきらめろ、帰せるはずがない」
「いいえ、絶対に帰ります]
「絶対にだめだ。許さん」
「この、わからずや」
 泣いて頼みましたが、まったく聞き入れてもらえませんでした。

 それ以来、老苑はわたしを見張っていて、自由がききません。
仕事にも行かないで家で見張っていました。
これでは帰国できないだけでなく、収入が無くなるので食べる物にも困ります。

わたしは思案に暮れてしまいました。
それで、ウソをついて
「わかりました。
もう帰りません。
そんなにいつも見張っていないで。
囚人になったみたいでしょう」
と言いました。

「本当に?」
老苑は当然信じません。
「本当です。
あなたは子どもの面倒は見られないし、わたしはやはり子どもと離れられません。
自分のお腹を痛めた子ですもの。子どものために、もう帰らないことにします」       

 老苑は信じたようでした。
とても喜んで、わたしのためにご馳走を作ってくれました。
帰らないと決めたお祝いでした。

 翌日、老苑は仕事に行きました。
初めのうちはまだ少し心配していて、仕事に行く時は隣の張さんの奥さんにわたしを見張っていてくれるよう頼み、仕事が終わったら急いで帰って来て、わたしが逃げないように気をつけていました。
帰国をあきらめたふりを続けていましたら、老苑もだんだん安心するようになりました。

 数日かっと老苑の目も少し緩くなったので、こっそりと帰国の手続きはどうすればいいか問い合わせ、老苑に隠れて居民委員会や区政府へ行って一切の手続きを済ませました。
四歳の上の子は老苑のもとに残し、一歳の下の子を連れて行くつもりでした。

 その日、老苑が仕事に行ってから上の子を隣の張さんの奥さんの所に連れて行き、老苑が帰って来るまで預かってもらうように頼みました。
それから、パスポートと貯めた旅費を身につけ、下の子を背負って、身の回りの品と着替えを入れた風呂敷包みを持ち、まっすぐに汽車の駅に向かいました。

 わたしが出るやいなや、張さんの奥さんは急いで人をやって老苑にそのことを知らせました。

駅に続く河沿いの大通りを大急ぎで歩いている時、老苑が馬車に乗って追いかけてきて、前に回るなり飛び降り、わたしをひっぱって行かせないようにしました。
 しかし、今回はどうあっても日本へ帰ると決心したのです。
長い間待ち続けて、ようやく廻ってきたこの機会を絶対に逃してはならないと思いました。

老苑は調子の良いことを山のように並べて、わたしを説得しようとしました。
「行かないでくれ。お前が行ってしまったら、俺たちはどうしたらいいんだ」
「いやよ、日本に帰らないと]
「何かあっても行かせん。俺と戻れ!」
老苑は腕を引っ張りました。
「無駄なことはやめて。いっしょに戻れるはずないわ」
 こんなふうに長い間にらみあって、どちらも譲りませんでした。

 老苑は、わたしがどうしても従わないことがわかると、怒ってわたしの背中から子どもを奪い取り、抱いたまま河に向かって走り出しました。
河岸に来ても止まらず、まっすぐに水の中に入っていきました。

水が太ももの付け根にまで届こうとする時、立ち止まって、片手で次男の小さな足を持ち、頭を下にしてぶら下げて、
「お前が本当に行ってしまうのなら、俺はこの子と河に飛び込む。
どうせお前は、別れると決めて俺たちのことなんかかまっちやいないんだ。
お前が行ったら、俺たちも暮らしていけない。
俺と子どもがいっしょに河で溺れ死ねば、お前は心配の種がなくなるだろう」
と言いながら、そのまま何の中へと進んでいきました。
 わたしはおきまりの脅し文句だと思いました。
それで、
「あんたなんか溺れ死になさいよ。
そしたら、わたしは日本に帰れるんだから」
と言い返しました。

 この時、次男がワーワーと泣いて、逆さまになっているのでだんだん息が絶え絶えになって、声が弱くなってきました。
泣き声がぐいぐい胸を締めつけ、走っていって子どもを抱きたいと思いました。

しかし、彼の思うつぽにはまることはできない、そうすればもう終わりだ、今までの苦労が水の泡だ。
長年の帰国の夢が消えてしまうとも思いました。
そこで心を鬼にして、顔色も変えず、取り合おうとしませんでした。
老苑は子どもをぶら下げたまま河の中へ進んでいき、水はお尻の所まで来ています。
子どもの頭は水面について、あえぎながら
「ママー、ママー」
と泣き叫びました。
征水と混が顔や額に流れています。
わたしは耐えきれずに河べりに走り寄りました。
しかし、そこでぐっと耐えました。
老苑が自分で溺れ死ぬはずがない、子どもを溺れ死にさせるはずはないと思ったからです。

 しかし、老苑はなおも河の中へと進み、わたしの様子を見て、さらに進もうとしています。
子どもの頭が水の中に浸かって、泣き声も叫び声も聞こえなくなりました。
「ああ、本当に子どもといっしょに死ぬ気なんだ」
わたしは何も考えられなくなって、思わず全速力で何の中に飛び込んで駆け寄り、子どもを奪い取って胸に抱きしめました。
「ワアーン」
子どもの泣き声がまた戻って来ました。
「ママー、ママー」
と泣き叫びました。
老苑はその隙にわたしの手をつかみ、いくらふりほどこうとしても離そうとしませんでした。
「行くのか、行かんのか、本当のことを言え。
お前が本当に行くのなら、俺たちは本当にここで死ぬ。止められんぞ」
「……」
「もし、今は帰らずにもう数年いっしょにいるなら、子どもがもう少し大きくなったら帰らせて
やる。その時は決して引き留めはせん」
「本当? 今言ったことは確かなの?」
「約束する」
「その時になって、邪魔したら許さないわよ」
[わかった、邪魔しない。絶対に邪魔しない。その時は、送って行く」
 わたしは老苑の返事を信じました。

結局、子どもを捨てられませんでした。

子どもを抱いて、涙があふれてきました。

岸に戻ってはじめて、雨が降っているのに気づきました。
わたしたちは全身びっしょりで、どうやって家に帰ったのかわかりません。 
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